1996年のごあいさつ集、1月〜8月




1996年のごあいさつ。

 本当に激動の95年が終わりました! いろいろなことがありました。
阪神大震災、地下鉄サリン事件、野茂フィーバー、オウム真理教、青島&ノック知事
、金融不祥事、住専問題、フランス核実験とあまり明るい話題が少なかった年だと思
います。
 特にサリン事件は印象深いものがあります。松本サリン事件のときは、松本に出張
中で仕事場で「昨日毒ガスで7人死んだらしい」みたいなことを聞いて信じられなか
った記憶がありますし、地下鉄サリンのときはニューヨークに出張していて、ABCニ
ュースで霞ヶ関の映像が放送され、それもまるでパニック映画を思わせるもので、ナ
ーブガス(神経ガス)という単語をしばらく見ることが多かったように思います。
 個人的には、仕事がエンジニアからマーケッターへと転身し、嫁ももらい、パソコ
ン通信を始め、インターネットにホームページまで持ったりして、大変刺激的な年で
もありました。
新年号では、自分の会社の紹介をちょっとしてみました。僕の勤めている会社オタリ
もやっとホームページを持つことになりました。あまり、一般の人には、なじみも何
もないと思いますが、プロ・オーディオと音響産業のメーカーのインフォメーション
も覗いて見るのも面白いかとも思いますので、よろしくお願いします。
JAN/'96

新年'96年ネズミ年が始まって、もうひと月たちました。実は僕、昭和35年生まれの
年男なんです。新年早々楽器をいじり始めて時間がなくヒーヒー言ってます。
ニフティのマーケティング・フォーラムで知り合った人々から、沢山のことを学ぶ事
ができて勉強になります。いろんな人がいて、いろんな価値観があって、いろんな物
の見方があります。そんないろいろな価値観とぶつかりあって自分の価値観が磨かれ
るのだと信じています。30歳過ぎから頭が固くなったという感じがして、一度いろん
な事に対して疑問を持ってみようと考えました。結構しんどい結果がでることもあり
ますが、もう少し続けたいと思います。
今月もホームページに大した時間をかけられなかったことが残念ですが、来月にこの
借り(誰に対する借りじゃ!ボケ!とつっこまれそうですが...)は返すこととしま
す。
FEB/'96

世の中では、住専問題で盛り上がっていますが、僕個人的にもいろいろありました。
僕の嫁さんが病院で「あなたのお子さんは、ダウン症の可能性があります」と検査
結果を告げられ、大変動揺したようです。僕も自分の子供に障害があったらどうし
ようかと戦慄しました。病院では中絶を考えますか?などという話しもあったとい
います。人の親になるということは大変なことなのだと思い知りました。
子供に障害があったら、家族の支援なしに生活していくことは、難しいと考えられ、
多分、僕の親元(九州、熊本)か嫁さんの実家(信州、豊科)に移住することになり
当然、仕事も変わることになります。それでも、お腹の中で育っている僕達の子供を
殺すわけにはいきません。
青い空を見上げながら深呼吸して、頑張んなきゃなあと思うJojiでした。
MAR/'96

桜の話題も出てきて、いよいよ花見のシーズンですね!
僕は、以前三鷹に住んでいたため井の頭公園の桜や深大寺の桜が好きでした。
今は、多摩センターの住人なので多摩川あたりでお花見でもやろうと思います。
僕は、会社で商品企画の仕事をやっているのですが、年度末に昨年のレポート
などを読み返してみて少し驚いてしまいました。世の中の流れが大変早い事に
驚かされます。例を挙げると、マイコンのスペックと価格です。昨年の5月の
レポートには、486の100MHzのマシンが廉価機になっているとなっているのが
今は、ペンティアムの100MHzが廉価機になっています。同じくほとんどCALS
と同じシステムが5月の時点でCALSと呼ばれていなかったり、インターネットや
ISDNのCMをテレビで見ることができるとはあまり想像していませんでした。
このまま世の中の流れは、加速して行き続けるのでしょうか?
最近の1番のテーマは「心の幸福(しあわせ)」です。ハードウエアだけがガンガン
進化していっても人間の幸福に貢献できなければ、あまり意味がないように思います。
最近の一番のお気に入りの本「情報楽園会社」増田宗昭著に
「世界がどれだけ便利になっても、国家がどれほど強大になっても、
  会社がどれだけ利益をあげても、それで個人は幸福になれない。
  なぜならそこに"個人の幸福"という観点が初めから欠けているからだ」
という一説があり非常に共感を覚えました。
これからは、個人の時代となっていくのでしょう。
1996年4月1日

こんにちは、いよいよ暑い日が増えてきました。
まだ、朝夕は涼しく気持ちのよい毎日ですが、こんなときこそ風邪をひき易いですから
気をつけてくださいね!実は僕は月末に風邪をひいてしまい大変でした。
健康は、なくして初めて有難みがわかるというものです。
と年寄り臭い話しはここまでにして、 最近盛り上がっていることに「洋楽カラオケ」と
いうものがあります。

六本木のカラオケ屋さん「'Keets」です。

#この六本木にあるカラオケ屋が凄くて半分の客がガイジンさんで曲は英語、
フランス語、スペイン語しかなく、常連さんのノリも半端ではなくボランティアで
繰り広げられるショーは、プロだかアマだかわからないレベルのものです。
要は、凄いシロートってのは、いるところにはいるんだということです。

僕は、日常もお店での個性もどちらも本当の個性だと思っているので
日常もお店での個性の持ち主で、知られたくないと思う人もいると思いますが、
(カラオケ屋の常連さんの個性は、多分店の外と中では違うような感じがする)
それらは、独立して尊重するとすればいいんじゃないかとも思います。
とにかく、(人生を)楽しめればよしです。

1996年5月1日

日中は、かなり汗ばむ陽気となってきました。気持ちよく風を切って自転車で走れる
季節です。以前独身の頃は、通勤に自転車を使い毎日10km以上走っていました。今
は、毎日電車にゆられて会社へ通ってます。今年の夏こそは!と気合いを入れ続けて
早5年!雑誌ターザンの特集が役に立たない自分が情けないっす。その割には。宴会
が大好きで、このあいだもAORのMLの人が京都から上京したのをいいことに、風
邪をひいてて歌も歌えないというのにカラオケ屋へ出かけてしまいました。無理して
でかけたのには、訳がありました。この京都から来た、あしたにさんという人が、M
Lの中でみんなの演奏のテープを集めて編集して配ってくれたからなのです。僕は、
大変感謝しています。このテープのために10年振りに曲を書きました。評判は、もう
少しでしたが、復帰第1作としては、まあまあのできでした。重い腰が上がったとい
うことで、あとは、ころがり続けるしかない!と思う今日この頃なのです。

前列左より、あしたにさん、naoさん、みぽりんさん、田島さん、丸茂さん、
後列左より、いとっとさん、すぎぴぃさん、わっきいさん、僕、KONさん、
しばっちさん、まささん。本当にナイスな人々です!
1996年6月1日

  梅雨です。だらだらと雨が降ったり、降らなかったり、パッとしない天気です。
こんな季節は、お家のなかで出来る事に注力したいと思います。
 僕の場合は、DTM、デスクトップミュージックです。正直言ってキャリア自体は、
恥ずかしいくらい長いですが、細かい打ち込みをやりはじめたのは最近なんです。
なぜ、最近真面目にDTMをやりはじめたか?というと、業界?標準音源(シンセ)
ローランドのSC-88VLを買ったからなのです。以前の僕は、正直言ってDTMの音源
の音質をバカにしていました。(今でも音質については、大きな顔できないと思います
が...)ところが、ネットワーク社会の普及を目のあたりにして、(大げさですね!)
これで音楽ができるじゃない!ということに気付き、これのためのスタジオ(環境)を
整備するために、SC-88VLを買ったのです。これで電子メールでデータをやりとりで
きます。まあ、できるというだけで、やらなければ意味ありませんが、可能性があると
いうことはいいことです。あと、才能と時間という問題がありますが、根性でなんとか
したいと思います。

1996年7月1日

いやいや、暑い日々が、続きますね。
仕事でスーツなんか着て出かけると路上で行き倒れになりそうになります。
O−157も、猛威をふるってます。大腸菌かと馬鹿にしていたら大変な
性悪な大腸菌だったんですね。昔埼玉の幼稚園で大腸菌で死者が出たのに
驚かされたものですが、今思えば大変な事件だったんですね。恐るべし!

  実は、もうすぐ僕に初めての子供が生まれます。
36歳になって初めて子供を持つなんてちょっと遅いですが大変楽しみです。
もっとも、障害を持って生まれてくる可能性もあるため、心配であったりも
しますが、すこやかで、元気で、まっすぐに育ってくれれば、うれしいです。

1996年8月1日

今月のトピックスはこれしかありません。

予定日は、8月4日でした。この日は横浜へ遊びに行っており事情をご存じの方から
「大丈夫?」と心配して頂きました。その節はありがとうございました。

結構ひんぱんに電話を嫁の実家へ入れても嫁は相変わらず元気に電話に出てきます。
8月11日にオーバーナイトで六本木で遊んだ朝も元気に電話に出てきました。少し
仮眠をとって荷物をまとめて長野県の嫁の実家へ出かけると、夜8時くらいに
着くことができました。その夜11時頃少し寝ていた僕を嫁さんが起こしました。

「陣痛が始まったみたい...」早速、用意していた荷物を持って「豊科日赤病院」
へ向かいました。入院のセットをもらい、分娩室のとなりの陣痛室のベットへ。診察
によると、「まだ、子宮口の開きが小さく今夜は、生まれないだろう」というので
一旦実家へ帰ることにし、また仮眠をとって朝6時に病院に戻りました。嫁は、陣痛が
痛くて眠れないといい、腰の痛みも訴えていたため、腰のマッサージをずっとやってい
ると嫁の母親が、昼くらいに来て「寝ておいで」というので、また、実家で仮眠をとり
夕方病院へ、このころから陣痛が大変苦痛になっており、嫁さんも「もうダメ」と
か「我慢できない」とか大変苦しそうです。鎮静剤を打ってもらってもあまり効きませ
ん。鎮痛剤じゃないのですから、痛みにはききません。陣痛に痛みは必要なようです。
しまいには、薬に敏感な(効きすぎる)嫁さんは、訳のわからないことを言い始め
ました。思考力が低下しているようです。「いたいよ〜、おなかがいたいよ〜」まるで
子供のようです。「いたくないよ、もうすぐいたくなくなるからね」あいかわらず腰を
揉みながらも苦しむ嫁さんの痛みを代わってやれない自分の非力さに涙がこぼれて
きました。数時間がたって、少し痛みが和らいだのか?眠ってしまいました。義理の姉
が、「私見てますから丈二さん少し休んだら?」と言ってくれるので、2時過ぎにまた
実家で仮眠をとり朝病院に戻ると看護婦さんが「少し陣痛が弱い(!)ようなので、点
滴に陣痛促進剤をいれます」と告げられる。しばらくして診察すると、子宮口の開きが
まずまずになってきたため、分娩室へ移動することになりました。嫁の母親もやってき
て分娩室の前の廊下の長いすで待ちました。(よくあるテレビドラマみたいです)もう
何時間たっているのか、今日が何曜日なのかわからなくなっていました。そして、9時
56分!扉の向こうから、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。

「やった!よく頑張ったね!ありがとう!」と心のなかで叫びました。

20分ほどして、看護婦さんが、赤ちゃんを抱いてきて「男の子ですよ」と手渡してく
れ、初めて対面しました。透明感のある茶色の目に、すっきりしたかわいい顔でした。
心配されていたダウン症の顔貌もなく、安堵の気持ちが広がりました。僕が顔を近づけ
ると小さな手で僕の顔に触りました。「ああ、なんてかわいいんだろう。」僕は、この
子の人生に幸運が多いことを心から祈りました。

 

しばらくして、疲れた感じの嫁さんが車イスで病室へ運ばれ、「頑張ったね、やっ
たね!」と声をかけると嫁さんも「ケイちゃん、超かわいかったよ」と笑ってくれ
ました。嫁さんが、眠る顔を見て僕も今度はまとめて寝るぞと実家へ向かいました。

病院に入院してから、36時間という長い時間を嫁さんは頑張りましたが、付き添
いの人も結構大変でした。本当に陣痛2時間くらいで生まれる人がうらやましい。でも
これくらい苦労したほうがその子供の事を大切にしていけるのでは?と思いたいです。

1996年9月1日

みなさん、こんにちは。(一体誰にあいさつしてるんだろう?)
もう、眠くて眠くてたまりません。睡眠時間は、ちゃんと6時間は
確保しているというものの、夜中に起こされると慣れていない為か
結構こたえます。でも、幸せな睡眠不足と思って頑張るしかないか
と思っています。いろんなものを引き替えに生きていかなくちゃ、
いけないですものね。

1996年10月1日

全国10万人のギターおやじのみなさん、こんにちは。

私、Jおじこと平川 丈二の地道な布教活動の甲斐があり、親愛なるギター親方
である、ミスター「るーむさん」さんのもと、山中湖の音楽スタジオにて「ルーム
335大セッション大会」を行うことになりました。セッションに参加するために
は、課題曲をクリアする必要があり、その課題曲が、かのラリー・カールトンの
名曲「ROOM335」なのでありました。僕自身は、学生の頃遊びで弾いていた記憶
があったのですが、今久しぶりに聴いてみると、とてもではないですが、早すぎて
弾けません!ギターおやじ仲間の田島審判員の365テンポ理論(♪〜早引きは、
歩いてこない、だから修行をするんだね。一日1テンポ、三日で3テンポ、3テンポ
進んで2テンポ下がる〜♪)によると三日で1テンポしか上がらないことを考えると
気が遠くなる思いでしたが、11/1の時点でなんとかtempo=120をクリア!あと8
テンポまでに迫りました。(オリジナルは、約tempo=128)仲間のギターおにいさ
んのnaoさんに言わせると「30過ぎのサラリーマンの弾く曲じゃあないよね!」だ
そうですが、珍しく僕は、頑張ってます。

寝る前に必ずカラオケにあわせて1〜2回(汗!)は、弾くようにしています。
ほかにも、マイケル・フランクスやTOTOやドゥビーブラザースの曲をやる予定です。
ああ、11/30が、楽しみ楽しみ!このセッションは、12月号でレポートしますね!

それにしても、30過ぎのギターおやじが10人も集まって一遍にROOM335弾く光景
を想像すると、津軽三味線軍団みたいで笑えます!

1996年11月1日

凄いぞ! ROOM335の穴!     

全国10万人のギターおやじのみなさん、こんにちは。

私、Jおじこと平川 丈二の地道な布教活動の甲斐があり、親愛なるギター親方
である、ミスター「るーむさん」さんのもと、山中湖の音楽スタジオにて「ルーム
335大セッション大会」へ行って参りました。

と言うわけで、フルバージョンのレポートをお届けします。
あと、こんな楽しい事を僕たちだけのものにするには、惜しい(なんだあ?)という
話になって、もっと「ギターおやじ仲間」を増やそうという事になり、年末くらいから
MLを作って楽しもうという事になりました。興味ある方は、メールください。

1996年12月1日

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