大東亜戦争・終結の詔書を改めて読みましょう!。



先月は、敗戦記念日がありました。
東日本大震災は、第3の敗戦という話もあります。日本という国が崖っぷちで苦しんでいる
という意識は、日本国民は果たして持っているんでしょうか?もしかして諦めている人々も
少なくないかもしれません。僕自身、自分の仕事や生活に精一杯でほとんど何も貢献できて
いません。納税はしていますが、あの使い道を考えると穴の空いたバケツに水を注ぎ込んで
いるようにしか思えません。こんな時、過去の歴史に学ぶ事は、大事だと思います。

そんな訳で、以前「教育勅語」の内容に驚いたのと同じくらいの衝撃を受けた例の8月15日に
放送された『大東亜戦争・終結の詔書』 について書きたいと思います。これまで戦後教育を
受けた僕自身、この文章の内容・精神をある意味隠蔽されてきた事を口惜しく思います。

僕個人の能力では、なかなか上手く書く自信がないので「神国の森」さんとこの文章を引用
させていただきます。http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4669/daitoua0815.html

引用ここから**********************************************************************

『大東亜戦争・終結の詔書』

☆『大東亜戦争・終結の詔書』
 終戦の日、昭和二〇年八月一五日にラジオから流れた詔勅は、「堪えがたきを堪え、忍び
がたきを忍び……」というフレーズだけ、非常に有名だ。しかし、残念なことに、筆者八神
のような戦後世代は、その全文に触れる機会は、これまで絶無といっていい状態だった。

 戦中をリアルタイムで過ごされた方には、詔勅の全文は今さらいうまでもない常識だろう。
だが、大東亜戦争を過去のものとして生まれてきた、筆者のような世代は、それを教えられ
ていない。

 もちろん、教えられなかったから知らないのは当然、というままでは単なるナマケモノに
すぎない。動物のナマケモノでさえ、陸上を時速一五〇メートル未満で全力疾走し、樹上を
一分間かけて二〇センチほど進むのだ。人間なら、もう少し頭も体もすばやく回転させる必
要があるだろう。そこで、知らないでは済まされるまいということで、一から勉強すること
にした。無知であることに、一種の危機感を覚えたというわけだ。

まず、書庫をあさって「終戦の詔勅」の原文をさがした。さいわい、知人からゆずりうけた
昭和史の特集本に、原本のすべてのページが写真掲載されていたのを発見し、喜んで読みは
じめた。半世紀前の文なので、漢語がやたら難しく、漢和辞典のお世話になったが、読みす
すめるうちに、こみあげる涙でのどがつまるという事態にたちいたった。

 こんな切々たる文章を、昭和天皇がどんな想いで起草し、読まれたか、想像するだけで目
頭が熱くなる。これはぜひ、同じ戦後世代の読者のみなさんにも、味読して頂きたいと考え、
原文をできるだけ読みやすい文字づかいに置きかえてみた。その後に、筆者が、よりわかり
やすい現代の言葉で訳したので、合わせてお読みいただきたい。

 あの敗戦が決定した日に、当時の日本人の耳に届いた昭和天皇のお声(玉音放送)が、何
を語っていたのか、よく御理解いただけるかと思う。たしかに、この詔勅を読めば、なぜこ
の終戦の詔(みことのり)が「昭和の御聖断」と呼ばれたか、初めて納得がゆくのだ。

 分量にして、一二〇〇字足らず、四百字づめ原稿用紙で三枚程度である。それだけの短い
文脈にこめられた心は、あたかも今日の日本のありさまを、すでに五十年以上も前に予期し
ていたかのようだ。声涙くだる苦難に満ちた、やるせない痛みに縁取られた詔勅である。及
ばずながら、筆者はそこに、昭和天皇の血を吐くような苦悩の深さを見る思いだった。

*『大東亜戦争終結ノ詔書』原文(昭和20年8月14日)

 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良
ナル爾臣民ニ告ク

 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

 抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カ
サル所 曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ
他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ
陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必ス
シモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス 加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷
シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招
来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保
シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナ

 朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣
民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦
傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ 惟フニ今
後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル 然レトモ朕ハ
時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

 朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ
情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失
フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム 宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道
遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界
ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ

(御名御璽)

 昭和二十年八月十四日
 [以下、内閣総理大臣・鈴木貫太郎はじめ、十六名の閣僚、連署]

*現代語訳:

 『余は、深く世界の大勢と、帝国の現状をかえりみて、非常措置をもって事態を収拾しよ
うと欲し、ここに忠実にして善良なる汝ら臣民に告げる。

 余は帝国政府に、米英中ソの四国に対し、そのポツダム宣言を受諾する旨、通告させた。

 そもそも、帝国臣民の安寧をはかり、万国が共存共栄して楽しみをともにすることは、天
照大御神からはじまる歴代天皇・皇室が遺訓として代々伝えてきたもので、余はそれをつね
づね心がけてきた。先に米英の二国に宣戦した理由も、実に帝国の独立自存と東アジア全域
の安定とを希求したものであって、海外に出て他国の主権を奪い、領土を侵略するがごとき
は、もとより余の志すところではない。しかるに、交戦状態はすでに四年を過ぎ、余の陸海
軍の将兵の勇敢なる戦い、余のすべての官僚役人の精勤と励行、余の一億国民大衆の自己を
犠牲にした活動、それぞれが最善をつくしたのにもかかわらず、戦局はかならずしも好転せ
ず、世界の大勢もまたわが国にとって有利とはいえない。

 そればかりか、敵国は新たに残虐なる原子爆弾を使用し、いくども罪なき民を殺傷し、そ
の惨害の及ぶ範囲は、まことにはかりしれない。この上、なお交戦を続けるであろうか。つ
いには、わが日本民族の滅亡をも招きかねず、さらには人類文明そのものを破滅させるにち
がいない。そのようになったならば、余は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか、皇
祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいか。以上が、余が帝国政府に命じ、ポツダム
宣言を受諾させるに至った理由である。

 余は、帝国とともに終始一貫して東アジアの解放に協力してくれた、諸々の同盟国に対し、
遺憾の意を表明せざるをえない。帝国の臣民の中で、戦陣で戦死した者、職場で殉職した者、
悲惨な死に倒れた者、およびその遺族に思いを致すとき、余の五臓六腑は、それがために引
き裂かれんばかりである。かつ、戦傷を負い、戦争の災禍をこうむり、家も土地も職場も失
った者たちの健康と生活の保証にいたっては、余の心より深く憂うるところである。思うに、
今後、帝国の受けるべき苦難は、もとより尋常なものではない。汝ら臣民の真情も、余はそ
れをよく知っている。しかし、ここは時勢のおもむくところに従い、耐えがたきを耐え、忍
びがたきを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々のために、太平の世への一歩を踏み出
したいと思う。

 余はここに、国家国体を護り維持しえて、忠実にして善良なる汝ら臣民の真実とまごころ
を信頼し、常に汝ら臣民とともにある。もし、事態にさからって激情のおもむくまま事件を
頻発させ、あるいは同胞同志で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、そのために天下の大道
を踏みあやまり、世界の信義を失うがごとき事態は、余のもっとも戒めるところである。

 そのことを、国をあげて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重
く道は遠いということを思い、持てる力のすべてを未来への建設に傾け、道義を重んじて、
志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し、世界の進む道におくれを取らぬよう
心がけよ。汝ら臣民、以上のことを余が意志として体せよ。』

 いかがだったでしょうか。この詔勅にこめられた日本国民への期待と激励と痛恨の想いを、
いったいどれだけの国民が、戦後、おぼえていただろうか。

 原文の末に、『よろしく挙国一家、子孫、相伝え、よく神州の不滅を信じ、任重くして道
遠きをおもい、総力を将来の建設に傾け、道義を篤(あつ)くし、志操を固くし、誓って国
体の精華を発揚し、世界の進運におくれざらんことを期すべし。汝臣民、それよく朕が意を
体せよ』とあるが、この言葉は戦後五十三年にわたり、国民からほとんど無視されてきたこ
とがわかる。

 確かに『総力を将来の建設に傾け』『世界の進運におくれざらんことを期す』という所だ
けは、必死になってやってきた。ところが、だれも『神州の不滅』など忘れ、『道義』も軽
んじられ続けた。『志操』もゴミ箱行きで、『国体の精華』なんて、国民体育大会の聖火と
しか思われないほど、精神性を捨て去ってきたのだ。『挙国、一家』などという言葉すら、
戦前の軍国主義への偏見やヤクザの一家という、ものすごく歪曲されたイメージでしかみら
れないという始末だ。

 物質的な建設と、世界のトレンドに遅れるまいとする姿だけ肥大し、精神にかわることを、
放り出してしまったのである。『神州日本の不滅』『道義』『志操』『国体』という意識を、
とりもどさないと、この先、だれも生き延びられるまい。

 なにしろ、相手方の欧米やユダヤは、民族・国家意識にはすさまじいものをもっている。
彼らの民族意識や国家意識に対抗し、つぶされないで伍してゆくために必要なのは、今あげ
たような日本独自の民族意識・国家意識の復活なのだ。

 それのない日本人は、欧米流のやりかたにおしつぶされ、奴隷的な生を送るしかないと、
筆者は感じる。まっとうな民族意識と国家意識を、復活させることは可能なはずだ。それが
『国体の精華を発揚』するということなのだ。

 なぜなら、民族意識こそ、国家にとって民族にとって、最大最強の武器であるからだ。
それゆえに、五十三年前、マッカーサーは、まず最初に日本の「民族意識」を、新憲法によ
って無力化したのだ。

 彼らがもっとも恐れたのは、この国の軍事力ではなく、それを支えつづけた日本人の民族
意識・精神力だったことが、これからもわかる。日本人の精神力を骨なしにし、アメリカに
魂を売らせることが、最大の武装解除を意味したのである。だからこそ、売ってしまった日
本魂を取り戻さなければならない。それこそが、昭和天皇の悲願だったのではないだろうか?

引用ここまで**********************************************************************

「神国の森」の筆者八神さんのお気持ちが非常によく分かります。
お人好しの日本人は、いいように扱われてこのまま消滅していくのかもしれませんが、それ
でも幾らかの日本人は生き残って日本という国を再興していくものと信じます。

2011年8月1日

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